はじめに
AWS上の通信はNitro Systemによって暗号化される。
そう聞くと、「ではVPC Encryption Controlsは何をする機能なのか」と疑問に思うかもしれません。
VPC Encryption Controlsは、新しい暗号アルゴリズムではありません。VPC内やVPC間の通信について、暗号化状態を監視し、暗号化を保証できないリソースを特定し、Enforceでは暗号化されない構成を制限するための仕組みです。
ただし、Monitorで「暗号化」と表示された通信がEnforceでも必ず許可されるわけではありません。Flow Logsのapplication-encryptedも、AWSが任意のTLS通信をパケット解析して確認した結果ではありません。
この記事では、VPC Encryption Controlsを「何ができるか」だけでなく、暗号化状態をどう読み、Enforceへ移行できる構成かをどう判断するかという観点から整理します。
VPCの通信はもともとNitroで暗号化されているのではないか
AWSでは以前から、一部のNitroベースEC2インスタンス間で、条件を満たす通信をハードウェアレイヤーで透過的に暗号化できます。
ただし、暗号化にはインスタンスタイプや通信経路などの条件があります。
「条件を満たせば暗号化される」と「暗号化されない構成を許さない」は別です。
VPC Encryption Controlsは、Nitroによるハードウェア暗号化とアプリケーションレイヤーの暗号化を組み合わせ、VPC単位で暗号化状態を監視・強制します。
さらに、Nitroのハードウェア暗号化をFargate、Application Load Balancer、Transit Gatewayなど、EC2以外のAWSサービスへ広げる役割も持っています。
つまり、単なる監視機能ではありません。
AWS基盤側の暗号化範囲を広げながら、その状態をVPC単位で統制する仕組みです。
VPC Encryption Controlsとは|MonitorとEnforceで何が変わるのか
VPC Encryption ControlsにはMonitorとEnforceがあります。
| モード | 役割 |
|---|---|
| Monitor | 暗号化状態を可視化し、Enforceを阻害するリソースを確認する |
| Enforce | 暗号化を保証できないリソース・サービスの利用を制限する |
既存VPCは、まずMonitorを有効にします。
非準拠リソースを是正するか、必要なExclusionを設定した後でEnforceへ移行します。新規VPCは作成時からEnforceを指定できます。
Enforceは既存通信を後から暗号化するスイッチではない
Enforceを有効にしても、既存リソースの通信へ後から暗号化処理を追加するわけではありません。
例えばRDSでは、Enforce VPCへ転送中暗号化に対応しないDBインスタンスを新規作成しようとすると、APIリクエストがブロックされます。既存ワークロードは動作を継続します。
AWS公式:Working with a DB instance in a VPC
ただしPrivateLinkは注意が必要です。
Enforce VPC内のPrivateLink Endpointでは、アプリケーションレイヤーで暗号化されていないトラフィックが破棄されます。
そのため、「Enforceは新規作成だけを止める」と一律には考えられません。
VPC Flow Logsで暗号化状態を見る|encryption-statusの3つの落とし穴
VPC Flow Logsではencryption-statusで通信の暗号化状態を確認できます。
| 値 | 意味 |
|---|---|
0 | not encrypted |
1 | nitro-encrypted |
2 | application-encrypted |
3 | Nitro+application encrypted |
- | 暗号化状態不明、またはEncryption Controls無効 |
なお、一部のネットワークアプライアンスでは暗号化状態を報告できず、encryption-statusが-になる場合があります。
-を即座に平文と判断しないことも重要です。
落とし穴1|application-encryptedは任意のTLS検査ではない
AWSがapplication-encryptedとして扱う通信は限定されています。
これは、AWSが通信内容を復号してペイロードを検査しているという意味ではありません。Interface EndpointやGateway Endpointでは、AWSはpacket dataを確認せず、使用しているポートから暗号化状態を推定しています。
したがって、
encryption-status=2だから、任意のアプリケーション通信についてTLSを実証した
とは言えません。
逆にOracle NNEなどで暗号化していても、Flow Logs上でapplication-encryptedと判定されるとは限りません。
アプリケーション/DBレイヤーの暗号化は、そのレイヤーの方法で別途確認する必要があります。
落とし穴2|既存Flow Logsにはencryption-statusが追加されない
Encryption Controlsを有効にしても、encryption-statusは既存Flow Logsへ自動追加されません。
さらにFlow Logは、作成後にrecord formatのフィールドを追加・削除できません。
既存環境でencryption-statusを取得するには、このフィールドを含む新しいFlow Logを作成します。
すでにSIEMや監査基盤へ連携している場合は、新ログの保存先や切替・並走も運用設計に含めます。
落とし穴3|MonitorのencryptedとEnforceの準拠判定は同じではない
ここが最も重要です。
Monitorでencryptedでも、Enforceでは非準拠になる場合があります。
一つは、AWSサービスが作成したENIを含む通信です。
フロー自体が暗号化されていても、そのAWSサービスがEncryption Controlsをサポートしている必要があります。
もう一つはVPC Peeringです。
Peeringで転送中暗号化を保証するには、同一リージョンの両VPCがExclusionなしのEnforceである必要があります。
逆にMonitorでnot encryptedでも、関連リソースをExclusionにしていればEnforceでは許容される場合があります。
つまり、
Flow Logsのencryption-statusは「そのフローをどう観測したか」
Enforceは「その構成をポリシー上許容できるか」
を見ています。
同じ判定ではありません。
Transit GatewayはEncryption Supportを別途有効化する
Transit Gatewayを利用している場合は、Encryption Supportを明示的に有効化します。
有効化は既存通信を停止せずに行われますが、enablingからenabledになるまで最大14日かかる場合があります。
また、Connect、Peering、Network Firewall、Client VPNなど、Encryption Supportと併用できないAttachmentや機能があります。
AWS公式:Transit Gateway Encryption Support
Encryption Supportを有効化したTGWで、両側のVPCがExclusionなしのEnforceなら、VPC間通信は暗号化された経路を通ります。
一方、
Enforce VPC → Transit Gateway → Monitor VPC
という構成では、暗号化が保証されるのはMonitor側のTGW Attachmentまでです。
その先は宛先リソースに依存します。

図:Enforce VPCからMonitor VPCへTransit Gateway経由で通信する場合の暗号化保証範囲
つまり、TGWを暗号化しただけで相手VPC内部まで暗号化が保証されるわけではありません。
RDSでVPC Encryption Controlsを使うときの注意点
RDSもVPC Encryption Controlsに対応しています。
AWSサービスによって、Enforceへの対応方法は異なります。
NLB、ALB、Fargate、EKS Control Planeは、Monitorを有効にするとAWS側で暗号化対応ハードウェアへ自動移行します。
一方、RDSは必要に応じて利用者がインスタンスクラスを見直すmanual migration側です。
すでに対応クラスなら変更不要ですが、古い非対応クラスではNitro native encryptionに対応したクラスへの変更が必要です。
また、VPCがEnforceでも、Oracle NetがNNEやSSL/TLSで暗号化されていることを意味しません。
RDS for Oracleでは、
- KMSによるRDSストレージ暗号化
- Oracle TDE
- Oracle NetのNNE/SSL/TLS
- AWS基盤側の通信暗号化
は別レイヤーです。
この違いは、以下の記事で整理しています。

導入するならMonitorから始める|Exclusion・Enforce移行・料金
既存VPCでは、次の順序で進めると整理しやすくなります。
- Monitorを有効にする
encryption-statusを含むFlow Logsを作る- Enforceを阻害するリソースを確認する
- 対応構成へ移行する
- 必要なExclusionを判断する
- PeeringやTGWも確認する
- Enforceへ移行する
EnforceできるかはExclusionと非対応リソースで決まる
Exclusionを設定できるのは8種類だけです。
- Internet Gateway
- NAT Gateway
- Egress-only Internet Gateway
- 非Enforce VPCへのVPC Peering
- Virtual Private Gateway
- VPC内Lambda
- VPC Lattice
- EFS
Exclusionは、「AWSが暗号化済みと保証する」設定ではありません。
利用者がエンドツーエンド暗号化を維持する責任を負う、監査可能な例外です。
Exclusionを設定した通信はVPC Encryption Controlsによる暗号化保証の対象外となるため、AWSの責任共有モデルで見ても、利用者側で暗号化方式と証跡を明示的に管理する必要があります。
一方、Gateway Load BalancerとAWS Network FirewallはEnforce非対応で、これらがあるVPCはMonitorで運用する必要があります。
Local Zone subnetもEnforceでは利用できません。
したがってMonitorの目的は、平文通信を探すだけではありません。
「このVPCをそもそもEnforceへ移行できるのか」
を判断することです。
複数VPC・複数アカウントでは集中管理もできる
Account LevelではUnmanaged、Attempt Monitor、Attempt Enforceを設定でき、複数VPCへまとめて適用できます。
ただしAttempt Enforceは全VPCの移行成功を保証しません。
1つ以上のVPCが期待したモードへ移れなかった状態として、transitions-partially-successfulも定義されています。
AWS公式:AccountVpcEncryptionControl
AWS OrganizationsのDeclarative Policyを使えば、組織・OU・アカウント単位で集中適用することもできます。
Monitorでも料金は発生する
VPC Encryption Controlsは2026年3月1日から有料です。
Network Interfaceを持つnon-empty VPCでMonitorまたはEnforceを有効にすると、固定時間料金が発生します。
TGWでEncryption Supportを有効にした場合は、接続VPCのEncryption Controlsモードに関係なく料金対象になる場合があります。
具体的な単価はリージョンごとの最新料金を確認します。
AWS公式:VPC Encryption Controls pricing
Monitorのまま長期間放置する場合も、コスト設計上は無視できません。
まとめ|「暗号化されることを期待する」から「暗号化されない構成を許さない」へ
VPC Encryption Controlsで押さえる点は3つです。
- Nitroの自動暗号化とEncryption Controlsによる統制は同じものではない
- Flow Logsの
encryption-statusとEnforceの準拠判定は同じではない - EnforceしてもTLSやOracle NNEなどアプリケーション/DBレイヤーの暗号化設計は別途必要
VPC Encryption Controlsによって、AWSの通信暗号化設計は、
「条件を満たせば暗号化されることを期待する」
から、
「暗号化を保証できない構成を許さない」
へ一段進みました。
導入時はまずMonitorで現在の構成と通信を可視化し、何をAWS基盤側で保証し、何をアプリケーション側で保証するのかを整理したうえでEnforceへ進むのがよいでしょう。
関連記事
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- ECS/FargateでEFSが127.0.0.1にマウントされる|NFSの接続先がlocalhostになる理由
ECS/FargateでEFSの転送時暗号化を有効にすると、NFSの接続先が127.0.0.1として見える理由を、TLSトンネルとEFSマウント処理の仕組みから整理しています。



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